この文章はアイドルマスターという20周年を迎えようとしている、人が増え、規模が大きくなり、過去の歴史についての様々な情報が玉石混交しているものについて、曲がりなりにもアイマス歴17年を迎え、 それなりに多くを体験してきている側にいつの間にかなってしまった僕が、いわゆる民俗学の一資料のようなものとして、自分の視点から見たアイマスの歴史、景色、記憶を文章に残しておく必要性を感じたために記述するものである。
僕の記憶に残っている限りの当時そのままの感情と、掘り出せる限りの当時の記録を照らし合わせてそれなりに正確性を担保した記述を目指す一方で、 当時感じていた不安、不満も包み隠さず記述するつもりであるので、そういった部分についての配慮、いわゆる社会性フィルターをお求めの皆様は読まれないことをオススメする。
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アイドルマスターL4U
今でこそ毎月どころか毎週毎日怒涛の展開が行われているアイマスだが、シンデレラガールズ以前のアイマスといえば、定期的に期待できる追加の供給は1ヶ月から1ヶ月半に1回程度発表されるゲームのDLCが主であった。
当時の僕は高校生だったので、DLCを買うお金はなかった…のかと思いきや実はそういうわけでもなく、当時はガンダムの戦場の絆にハマっており、秋葉原の昭和通り口のマクドナルドでアルバイトをしながら、秋葉原Heyに通い詰めていた*1。なんなら昼飯代として毎日親から支給されていた500円を1絆と呼んで昼飯を抜いたりしていた。
そんなわけでDLCはあまり買うことなくL4Uの時期は過ごしていた。 自分のメールボックスを調べるとマイクロソフトポイント*2を買っていた形跡はあるので、何か買っていたのかもしれないが、覚えていないのでXbox360を起動して調べる必要がある*3。
前記事に書いた通りこの時期は主に楽曲を聴いて過ごしていたわけだが、L4Uのころに発売されていたCDというと、
- アケマス時代に該当するMASTER PIECEシリーズ
- 箱丸無印時代に該当するMASTER WORKシリーズ
- 各アイドル(と小鳥さん)にフォーカスしたMASTER ARTIST
- クリスマスと夏それぞれのカバーアルバムであるChristmas for you!とVacation for you!
- L4Uに該当するMASTER LIVEシリーズ
- ファミソン8bit
くらいなもので、オリジナル曲は40曲ちょっとだったので全曲聴くのもまだ現実的であった。 …いやこの時期にもう40曲超はあったと考えるとなかなかなリリース量ではあるが。
アイドルマスターSP
そんな中で発表、発売されたのがPSPのアイドルマスターSP(2009年2月19日発売)である。 当時のPSPといえば…そう、モンハンである。
当時僕が通っていた高校は校則が非常に緩く、携帯電話はもちろんゲーム機も、なんならノートPCですら持ち込んで使える学校であった。
休み時間はアドホック通信の部屋が埋まるほど、なんなら授業中も、相当な数の生徒がモンハンで遊んでいた。
そのPSPでアイマスが発売されるのだ、箱丸というお世辞にも買うのが難しいハードとは違って自分以外にもアイマスをやってくれる人がいるかもしれない、そんな期待があったのを記憶している。
実際、何人かは買って遊んでくれたようだった。僕はと言えば3バージョン全て予約で買った。 予約特典だった着せ替えジャケットは今も自分の部屋のどこかに眠っているはず。それと、当時のゲーマガも。 3バージョン全部買ったんだ、という会話があったのを覚えているのでこの時点でアイマスが好きとクラスでは認識されていたはずである。
ゲームがどうだったかというと、ランクアップリミットが復活した代わりに、失敗した場合にそのランクをやり直せるようになったのを見て、「アイマスも遊びやすくなったなぁ」と思った*4記憶がある。
当然ながらグラフィックは箱丸に比べて見劣りするものだったが、それよりもアイマスが箱丸を起動しなくても遊べるというのはかなり大きく、かなりの回数遊んだ。
もっぱらミッシングムーンで、さらにそのほとんどは律子*5だった。
なんならパーフェクトサンとワンダリングスターはたぶん合わせて10周もしてないと思う。
そのためパーフェクトサンとワンダリングスターと、なんなら千早とあずささんですら、シナリオの記憶がないので可能なら後追いしたいのだが、もう稼働するPSPが手元にないのが惜しい。
楽曲展開的にはオーバーマスターとColorful Days、そしてMASTER SPECIAL、そしてMS WINTERとMS SPRINGが該当する。 この頃はKisSやNext Life、黎明スターラインあたりがお気に入りの曲であった。
なお、SPの際にも美希がプレイアブルでなくなっているため発表時に反発があった…という伝承を聞いたことがあるが、当時の僕はファンコミュニティには入っていないため、それを渦中で体験はしていない。
2009年ごろのアケマス
前記事では2007年のクリスマスに高校生だった、と書いたが、その当時高校1年生だったので、2009年となると4月には高校3年生である。
この頃には大学受験のために予備校に通っていた…のだが、今思い返すとこの頃の僕は実はけっこうグレていた*6ので、新宿に校舎があった予備校をサボってゲームセンターに通っていた。
クラブセガ新宿西口店*7で開催されたBORDER BREAKのロケテに行ったり、そのまま本稼働後も遊んでいたりしていたわけだが、それと同じくらい通っていたのが、当時新宿は歌舞伎町にあった、新宿ゲームオスロー 本店。
なぜわざわざ治安の悪い*8歌舞伎町に入り込んでいたかといえば、この新宿オスロー、アケマスが1クレ50円だったからである。
この頃になると伝承で聞くようなシビアな対人戦というのはほとんど発生せず、ゲームシステムも判明しきっているので攻略を見ながら進めるだけといえばだけなのだが、それでも、自分は今、あのアケマスをやっているのだ、という実感は楽しかった記憶がある。
確か曲を変えたタイミングなどをメモしておくプロデュースノートも付けていたはずだ。予備校で使うはずだったルーズリーフに。
一度だけ、確認ミスで人が先にいるオーディションに入ってしまったことがあるのだが、それがよりにもよって同じオスローで遊んでいる人で、「何やってんだコイツ」という凄く驚愕の目で後ろを振り向かれたことをよく覚えている。 合格枠が2枠だったのでどちらも合格して事なきを得たが。
余談だが、1st VISIONの各種レッスンのうち、歌詞レッスンと表現力レッスンは箱丸無印やSPよりアケマスのほうが得意だった。
歌詞レッスンのお題になる箱丸無印やSPまでの曲なんて1番は諳んじられるほど聴きこんでいたわけだが、コンシューマでは方向キーと〇(A)ボタンで入れ替え箇所を選択しなければならないところ、アケマスはタッチパネルなのでそれが簡単だった。
表現力レッスンに至っては箱丸無印は完全に別物*9、SPでは不評のためか元に戻っていたが、それでもパネルを十字キーと〇ボタンで追いかけねばならなかったところ、アケマスはタッチパネルなのでこれも簡単だった。
アケの歌詞レッスンと表現力レッスンがどのようなものだったかについては、今ミリシタで開催されている志保のアイドルグランプリ編体験版の歌詞レッスンと表現力レッスンとほぼ同じなのでやってみると少しだけ当時に思いを馳せられるかもしれない。
*1:当時の戦場の絆は少将以上に昇格するには店舗別の月間ポイントランキングで上位に入る必要があったので僕の将官経験は相当後期(Ver1の末期か、Ver2だったかもしれない)に連邦で一ヶ月だけ少将になった程度
*3:今も動けば、だが…
*4:お前高校の頃からそんな思考しとったんか、と言われたら何も言い返せない
*5:この時点では律子が好きという自覚はない
*6:暴力や犯罪などではなくオタク趣味に逃避していたというのが幸運だったが
*8:当時は新宿東宝ビルや新宿歌舞伎町タワーはもちろん、歌舞伎町タワーの前身であるVR ZONEすらまだなく、東急ミラノが健在であって、現在とは比較にならないくらい治安が悪かった
*9:正直大嫌いだったのでもっぱらVoDaの2極で育てていた

































